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勝負事と競争社会

 とりあえず、この記事を書こうと思ったきっかけとなったのは、内田樹さんのブログのこの記事を読んだことです。僕の駄文を読む前に、こちらを一読しておいていただけると、そっちのほうがためになるかと思います。
 この記事で内田さんの書こうとしていることにも同意するのですが、僕が気になったのは、以下に引用する部分です。

〜〜〜〜〜(以下引用)〜〜〜〜〜
 日本の男子が血肉化してる「小学生時代の価値観」とは「競争において相対優位に立つことが人生の目的である」というものである。
 これまでも繰り返し説いてきたことだが、「同学齢集団のコンペティションでの相対優位」が意味をもつのは、「ルールがあり、レフェリーのいる、アリーナ」においてだけである。
 例外的に豊かで安全な社会においては、「競争に勝つ」ことが主要な関心事になることができる。
 しかし、人類史のほとんどの時期、人類は「それほど豊かでも安全でもない社会」を生き延びねばならなかった。
 そういった状況においては「競争において相対優位をかちとる能力」よりも、「生き残る能力」の方が優先する。
 「競争に勝つこと」よりも「生き残る」ことの方がたいせつだということを学び知るのが「成熟」の意味である。
〜〜〜〜〜(引用ここまで)〜〜〜〜〜

 特に同意するのは「「同学齢集団のコンペティションでの相対優位」が意味をもつのは、「ルールがあり、レフェリーのいる、アリーナ」においてだけである。」という部分。「ルールがあり、レフェリーのいる、アリーナ」っていうのは、簡単にいうと同じスタートラインからヨーイドンで始まって、ズルしちゃいけなくて、それをチェックするレフェリーもいる、ある意味「公正な」勝負事ということでしょう。
 で、日本男子が血肉化している「小学生時代の価値観」っていうのは、「勝ち組」「負け組」とかいう「競争社会」っていう考え方のことなんでしょうが、そっちの「競争」は「公正な」勝負にはなってないってことですよね。
 親の学歴が高くて年収の多い子のほうが学歴が高くなるとか、親が金持ちだと子どもも金持ちになりやすいとか、この「競争」はスタートラインからして同じではありませんし、ルールは社会的に影響力の強い「勝ち組」が有利なようにどんどん書き換えられてしまいます(金持ち減税と貧乏人増税とか)。で、不正を裁くレフェリーがいないどころか、不正をしてでも勝つことが学校教育の中で推奨されていたりする(全国学力テストのランクを上げるために教師が指差ししたり、成績が低い子を休ませたりとか)。
 この社会的に煽られてる「競争」と、いわゆるアリーナの中で行われる勝負事っていうのは、明確に分けて話しをしなければいけないと思うんですが、妙に混同されてることが多いですよね。W杯を見て「俺も仕事がんばろう」と思ったりとか。
 いや、「仕事がんばろう」と思うのはいいのですが、アリーナの中の勝負事で求められるものと、現実社会で求められるものは違うから、そこまで混同してはダメということです。勝負事では相手を蹴落としてでも勝つことが求められますが、現実社会で求められるのは内田さんも書いてる通り勝つことより「生き残ること」ですから。

 僕は文字通り人を「蹴」落とす勝負であるキックボクシングとかをやってましたし、今もサーキットでバイクで競争する遊びが好きだったりするので、一応そうした勝負事の面白さや大切さもわかってるつもりです。
 勝ち負けを競う勝負の中で学べることもたくさんある。勝つことの難しさとか、負けることの悔しさとか、勝つ者がいれば必ず負ける者がいるということとか。だから、本気の勝負事をやってた人って意外なほど敗者に優しかったりするんですよね(その割に、すんごい負けず嫌いだったりもしますが)。勝ちと負けは紙一重だと知ってて、1つ間違えば自分が負けていたかもしれないとわかるからでしょう。
 で、今の学校教育に目を向けると、運動会という「アリーナ」では順位付けなかったりするくせに、学力テストでは順位を競わせたり、学歴については競争を煽るようなことをしていて、正直やってることが逆だろうと思います。
 勝負事はやらせていいと思いますが、その勝ち負けは人生における「勝ち組」「負け組」とは何の関係もないのだということを教えなきゃいけない。人生においては、大切なのは勝ち負けではなく「生き残ること」だということを教えるべきでしょう。

 いわゆる「競争社会」に反対して、運動会でも順位を付けるべきでないと主張する人たちも、逆に「競争社会」化を煽ろうとして、やたらと「勝ち」「負け」と言う人たちも、アリーナの中における競争や勝負事と、外の社会におけるそれを混同しちゃってるように見えます。
 格闘家が道端でケンカして勝った負けたと言っても意味はない(ケンカだと武器持って後ろから襲ったり、複数でボコボコにしたりもできますから)のや、信号待ちで他のバイクと競争しても意味がない(相手が本気かどうかもわからなければ、スタートラインもゴールも明確じゃないから、厳密には競争にもなってない)のと同じだと思います。アリーナの外(道端や公道)では、「生き残ること」が一番大事という点でも似てますよね。

 なんか、言いたいことがどこまで伝わるように書けてるか微妙ですが、長くなっちゃったのでとりあえずこのへんで。

by masumania | 2010-06-29 04:54 | 気になるニュース・言葉  

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